ピッチング

投げる事と真剣に向き合ってきたアスリートが日本人に伝えている事とは?

こんにちは。
ベースボールバイブルの東です。

突然ですがあなたはこの選手をご存知でしょうか?

この選手の名は溝口和洋。1989年にやり投げという日本人が世界で勝つことはないだろうと思われていた競技で当時の世界記録更新してしまった…。いや、正確にはその記録は疑惑の再計測で8センチ引かれ残念ながら世界記録にはならなかったんですが、投てき種目で世界と対等に戦えた数少ない日本人選手の一人がこの溝口氏だったんですね。そんな溝口氏のことが書かれている本がこの本です。

一投に賭ける 溝口和洋、最後の無頼派アスリート

この本を読めば溝口和洋という選手がいかに規格外で異端児だったのかというのがよくわかると思います。例えば…

毎晩のように呑んでいたことを、非難されたことはある。国際試合のときも、終わった後は後輩を連れて呑みに出るので、同室の先輩、吉田雅美から締め出されたことは、陸上界でも有名な話となってしまった。

一投に賭ける 溝口和洋、最後の無頼派アスリート|KADOKAWA/角川書店

とか…

タバコも一日二箱は吸っていた。タバコはリラックスするために吸うので、試合の前には必ず二、三本は吸っていた。代々木の国立競技場でも、できるだけ目立たないように外に出て隅で吸っていたつもりだったが、見つかって「ミゾグチはタバコを吸っている」と非難されたこともある。これもまた、言いたい奴には勝手に言わせておけばいいと放っておいた。

タバコを吸うと持久力が落ちるというが、タバコは体を酸欠状態にするので、体にはトレーニングをしているような負荷がかかるから事実は逆だ。タバコを吸うと階段が苦しくなるというのは、単にトレーニングをしていない体を酸欠状態にしているからだ。

一投に賭ける 溝口和洋、最後の無頼派アスリート|KADOKAWA/角川書店

また、ロサンゼルス五輪で予選落ちをした時に陸連のコーチから「せっかく連れてきてやったのに、なんてザマだ」と言われて…

「うるさいんじゃッ。べつにお前に連れて行って欲しいと言うたわけやない。お前がオレに何してくれたっていうんじゃ。ガタガタ言うなッ」

(中略)

腹が立った私は、日の丸の付いたユニフォームを大会ボランティアにやった。ついでに日本代表のブレザーも捨てて帰りたかったが、これは日本に帰国するまで着ておかなければならない規定だったので、東京で解散式が終わった後、帰りの新幹線のゴミ箱に捨てた。

一投に賭ける 溝口和洋、最後の無頼派アスリート|KADOKAWA/角川書店

こんなエピソードがたくさんある溝口氏なんですが、実はあの室伏広治氏が尊敬し、教えを受けたのがこの溝口氏なんですね。実際に室伏氏は著書の中で溝口氏とのことを書かれています。

大学2年に出場した日本陸上競技選手権では64m10しか出せず、3位に甘んじた。高校時代の記録66m30にすら及ばなかったのだ。このとき、初めて私はハンマー投げをやめようと思った。記録が伸びないなら、このままやっていてもしょうがない。「何かほかのことをやろうかな」とすら思った。ハンマー投げをやめようと思ったのは、後にも先にもこのときしかない。今思えば煮詰まるような状況ではなかったはずだが、当時の自分にとってはある種の燃え尽き症候群のようなものだったのかもしれない。

そんなとき、やり投げで世界ランク1位となったこともある社会人の溝口和洋さんに出会う。溝口さんは練習の鬼だった。自分も厳しい練習をこなしているほうだと思っていたが、溝口さんは、誇張でもなんでもなく、私の10倍以上の練習内容をこなしていた。そこで教えられたのは「限界を作っているようでは世界で戦えない。限界を超える練習をこなしてこそ、世界と戦える」ということだった。種目は違うが、同じ投てき種目でもあるということで、溝口さんと共に練習をした。世界ランク1位にもなったトップアスリートの気概をじかに感じ、今の自分がやるべきことがわかった気がした。練習する努力の大切さ、限界に挑む練習量をこなすことで、もやもやしていた感情が吹っ切れていったのだ。

『異形の日本人』(上原善広著 新潮新書)で溝口さんが取り上げられていて(第三章 溝口のやりー最後の無頼派アスリート)、私を指導していただいたときのことも描かれている。その最後に、私が以前「最も影響を受けた人」として挙げた溝口さんのことを、「お世話になった多くの人たちの一人でしかない」と広言するようになっていた、との記述があるが、そうではない。あのとき、溝口さんが限界に挑む練習を指南してくれたことが、私の今に繋がっている。私はそう思っている。

現在は身体の状態も変わったので、当時のような練習量や練習内容をこなすことはないが、練習量や内容とは違う意味で限界に挑む練習を続けている。溝口さんは限界に挑むことの尊さ、限界を超えるための練習をこなす楽しさを教えてくれた恩人であり、感謝の思いは今も変わらない。あのような厳しい練習が世界のトップアスリートとなるためには欠かせないプロセスの一つだとも思っている。

超える力|室伏広治(文藝春秋)

そして、溝口氏も本の中で室伏氏とのことを書いています。

室伏広治を指導する

ハンマー投げの室伏広治を見るようになったのは、彼が大学二年のときだから、1994年くらいだろう。まだ引退前だったが、彼の父親の室伏重信(現中京大学名誉教授)から「オレの言うことを聞かないので困ってる。溝口の言うことなら聞くだろうから、見てやってくれ」と頼まれたのがきっかけだった。当時の広治は、父親が投げ方を教えてもプイッと向こうに行ってしまうような、一種の反抗期のような状態だったが、私の言うことは素直に聞いた。

聞くとウエイトをほとんどしていなかったので、ウエイト中心のトレーニングに変えた。ベンチプレス100kgも挙げることができず、バーベルを担ぐとフラフラするので、「お前は鹿か」と言ったのを覚えている。彼は手足が長いので、鹿かバンビに見えたのである。

しかし、私が四、五年かけて実験し開発した指先の感覚なども、教えるだけですぐにできたのには驚いた。

日本人は普通、指先から筋肉に神経のつながりができるまで四、五年かかるのだが、広治はルーマニア人の母をもつためか、それがすぐにできた。欧米人はもともともっている感覚なので彼の中にある欧州の血がなせる業なのだろう。それからはどんどん強くなった。世界レヴェルで見たとき、彼には最初から才能があった。これほどの才能をもつ日本人などいない。

「やり投げをやりたい」

教え始めたとき、そう言ってきたことがある。彼はそれまでやり投げとハンマー投げをしていて、どちらを専門とするか悩んでいたのだ。私はこう答えた。

「やり投げやと87mくらいで終わるけど、ハンマーなら80mは投げられるから、そっちの方がいいんとちゃうか」

「え、80mですか」

彼は驚いていたが、三歳から発泡スチロール製のハンマーを振り回していたから、もう体がハンマー投げの体になっていたのだ。やりを投げるところを見ても、フィニッシュはベロンとして、ブロックもできていない。その代わり、ハンマーに関しては最初からできていた。まずハンマーの7.26kgという重さは、日常にはない重さだ。投げるときは四回転するが、これもまた日常にはない。しかし彼は幼い頃から親しんでいたからか、すでにハンマー投げ選手の感覚をもっていたのだ。

一投に賭ける 溝口和洋、最後の無頼派アスリート|KADOKAWA/角川書店

まあ、溝口氏と室伏氏がどれだけの練習をしてきたのかは本の中に書かれているのでそちらを参考にしてもらいたいのですが、まず一つ言えることはどれだけの素質があったとしても世界で戦うためには限界を超えるような練習が欠かせないということです。

で、前置きが長くなってしまいましたがここからが本題なんです。というのも、この溝口氏が語るフォームの話が非常に面白いので、ぜひ聞いてみてください。

私にしても、専門がやり投げだから、ハンマー投げを指導できるとは思っていなかった。しかし実際に見てみると、「どこに力が入っていないのか」がわかる。その点を指摘すると、ほとんどの選手の記録がすぐに伸びた。

よく「フォームを直す」と言うが、これは間違っている。投擲競技に限らず、全ての競技は全体の流れ、動きを見ながら指導することが重要で、フォームを直したりするとおかしくなる。なぜなら「フォームを直す」ということは、「型にはめる」のと同じだからだ。型にうまくはめて、それで飛ぶならいいが、事実は逆だ。新しいフォームを導入して記録が下がる選手は大抵、これに当てはまる。だから連続写真などは見ても意味がない。動画もパッと見ることはあっても、じっくりと見たりはしない。その瞬間だけを見直しても、「瞬間」の真似をしているだけだから、それでは記録は伸びない。大事なのは選手自身の感覚だ。選手本人はもちろん、指導者ももっとそれを大切にした方が良い。

一投に賭ける 溝口和洋、最後の無頼派アスリート|KADOKAWA/角川書店

それからもう一つ。

私のウエイトは全て、手先と足先の末端を強く意識することが共通している。ベンチ(プレス)も、意識することで背中や末端のトレーニングになるのだ。物体を手にする投擲競技は全て、この手首から指先までの末端が強くないと投げられない。

よく高校生や大学生などに「下半身で投げろ」などという指導者がいるが、それは外国人か、私くらいのレヴェルになってから使う言葉だ。初心者こそ、上半身を鍛えなければならない。外国人はこの末端、例えば握力が初めから極めて強い。だから日本人の場合、まずこの末端を意識して鍛えることが重要だ。

一投に賭ける 溝口和洋、最後の無頼派アスリート|KADOKAWA/角川書店

野球もピッチャーなんかは投擲競技ですから一緒でしょうね。溝口氏に言わせると「まず上半身」。しかも末端を意識して鍛える必要があるそうです。

フォームは選手の感覚を大切にして、投げる力をつけるには上半身(しかも末端)を鍛える。投げるということと真剣に向き合い、実際に世界と対等に戦ってきたトップアスリートの言葉。ぜひ、ピッチングの上達を目指す選手には参考にしてもらいたいなと思います。

では、また。

 

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